木馬の代りに船客がゼッケンを付けてサイコロの目だけ進む場合もある。木馬より各自の個性が表われるので賭け甲斐がある。なかには本当の競馬のフィルムをいくつか用意して任意抽出し、それで一等を決める方法をとる船もある。本物の競馬に近いふんいきにはなるが、私はむしろ船らしい木馬や人間馬の方が好きだ。この他にもイスとりゲームだの、男女組になって椅子に腰かけて風船を抱いた男性の上に女性が勢いよく乗って風船を割る
男女きわどい遊びが考えられている... の続きを読む
店名を聞いて誰もがわかる通り、東京築地に本店を持つチェーン店である。東京に住んでいる人には、「まあ、そういう場合に入る店ではあるな」というエクスキューズ付きの店であることは百も承知でお奨めする次第である。そういう場合、というのがどういう状況を指すのか、それはまあ置くとして、たしかに鮨通と自認する向きが進んで足を運ぶ店ではないかもしれない。にもかかわらず、京都で「鮨を食べたい!」となったなら先ずはこ
リスクを覚悟してのお奨め... の続きを読む
「築地寿司清」のオープンはいつのことだっただろうか。「寿司清」以前、「寿司清」以降、という言葉があるほど(嘘です)、この店が出来るまで京都における江戸前鮨の認知度は極めて低かったのだ。殆どが「江戸前」=「ネタの大きい握り鮨」だと思っていたのだから、小ぶりの握りで、甘さを控えたシャリの鮨はある種のカルチャーショックだった。何度かのリニューアルを重ね、落ち着きのある大人の店になった。カウンター席がほぼ
「寿司清」以前・以降!?... の続きを読む
ここ一年ほどの経験で、印象に残ったホテルの朝食の話をもう少し続けてみよう。JR京都駅の八条口に、○九年六月に開業したホテルビスタ京都。いわゆるツーリストホテルとも言っていいような、観光客が気軽に利用できるホテルだが、ここの朝食が印象に残っている。利用したのは○九年一一月。京都独特のおばんざいを前面に出していて、ぶぶ漬けも楽しめるという趣向だ。旅館に泊まらなくても、京都らしさが味わえたのが良かった。
印象に残ったホテルの朝食... の続きを読む
日本の河川は多くが山岳渓流の様相を呈していると言われる。上流や中流などに通常みられる状態が、そのまま河口まで続いている川が多いということだ。それはとりも直さず河川の傾斜が急だということでもあろう。ということは、その傍らを行く道も、それなりに登坂あるということだ。川だけでなく、周りの環境も愉しみたいスローサイクリング的な視点からすると、逆に中流や下流のほうが自転車にとって愉しめる余地が大きいのかな、
中流と下流を行く... の続きを読む
かつて、富士屋ホテルで結婚披言宴を挙げるような新郎新婦は、上流階級に属する人々だったという。だから、件数も限られていたのだが、ホテルでの挙式が流行し、リゾート・ウェディングといった形式も普及した影響を受けて件数がぐんぐん伸び、いまでは年間四〇〇件を目標に掲げるまでに至っている。「例えば、お二人は東京で働かれていて、親御さんを北海道や九州など遠くからお呼び寄せになり、ご両家と、本当に親しいご友人数人
お客との距離の縮め方... の続きを読む
昨年スイスに海外旅行した際、チューリッヒに到着したのは夕方でした。日本から12時間以上の移動で、かなりクタクタな私達は、到着したその日の晩御飯をホテルの近くのスーパーで何か買ってきてホテルの部屋で済ませることにしました。スーパーだから、何かあるだろう、と思ったのが間違いのもとで、パンもお惣菜も何も無かったんです。時間は19時過ぎで、しかも田舎のスーパーだったこともあり、閉店ぎりぎりで何もかもが売り
海外旅行先での質素な晩御飯... の続きを読む
夏以外にも踊られるようになったエイサーだが、それでもやっぱりメインは旧盆のとき。なんといってもエイサーは、旧盆にご先祖様に捧げるための踊りで、行事には欠かせないものなのだ。このときのエイサーは、各集落の青年会の若者達によって踊られる。ひと昔前と比べるとエイサーのためにわざわざ内地から帰省する人は減ったというが、現在でも休みを取って帰り、エイサーに打ち込む青年はいる。昨年(2000年)の旧盆に与那城
仕事を辞めてまでもエイサーのために帰る... の続きを読む
しばらく新曲が出にくい時代が続いていたが、そこは沖縄。やがてインディーズレーベルも誕生。個人でも本格的な録音ができるようになると、ラジオの新曲募集のコーナーは続々と新曲のデモCDが送られてくるようになった。まさに日々、新曲誕生ラッシュ。ラジオ局のスタッフでさえ知らない曲をリクエストしてくるリスナーもいて、スタッフをあわてさせることもよくあるらしい。新曲が多ければ、当然、歌手のタマゴも多い。実際のと
新曲が出にくい時代が続いていた... の続きを読む